ブログをあちこちいじっていたら、以前の記事が消えてしまいましたので、もう一度載せますね。
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天皇の料理番、面白くて毎週見ています。
上野の精養軒で、番組にちなんだメニューがあるというので、行ってきました。
わたしが注文したのは、一番安いメニューでしたが、見た目も美しく美味しくて、シンプルなテーブルセッティングが気持ちよく整えられていました。
デザートもしっかりあってとても楽しい時間を過ごしました。お店の人が、奥に向かって、
「料理番、ひとつ!」とさけぶのがおもしろかったです。
わたしの実家は、このドラマのモデルになった実在の秋山徳蔵さんのご実家のすぐ近くにあります。
中学高校の通学途中にあって、毎日、りっぱなお家だなぁと思いながら通っていました。こんな凄い方が出たというのに、近所の人も、私の親も何も言ってなくて、1980年にも、別の俳優さんでドラマ化されたそうですが、全く知りません。
社会科の授業で教えて欲しかったと思います。
つい先日は、知り合いの知り合いの方が、
徳蔵さんは、わたしの大叔父なんですよ、なんておっしゃったので、そばにいたみんなびっくりして。
徳蔵さんにはお姉さんもいて、それがこの方のお祖母様だそうです。
偶然の巡り合いですが、地元なので、そういうことってありますね。
下の写真は、ドラマの肝とも言えるカツレツが登場した、鯖江の軍隊跡地です。
現在は門だけが残っています。
そんなこんなで、わたしのなかではこの番組で、どれだけ地元の宣伝になるだろうと期待していましたが、意外なくらい静かです。
今も、同じ場所にお身内の方が住んでいることもあり、あまり騒がれたくない、ということでしょうか。
TBSは、こちらではリアルタイムではいらず、一週間遅れ、しかも昼の2時3時と、一定しない時間帯なので、見ていない人が多いように思います。
で、さらに下の画像は、徳蔵さん実家近くの山と川。村国山と日野川です。
ご実家からは本当にすぐ近くで、この川の橋を渡ると、すぐ旧武生市(たけふ、と読みます。現越前市)の市街地になります。
市街地の橘町というところに、実家が経営していた八百勝という仕出し料理屋がありました。
徳蔵さんは、そこでしばらく働いてから、東京に出たのです。
いろいろな事情も重なって、今は寂れていますが、わたしが小さかった頃は、道路の真ん中を細い川が流れ、両側は松並木でした。
とても風情があり、活気があったと思います。
武生は、打刃物の産地で、この通りには問屋と研ぎ屋が多くあり、近くには鍛冶屋もたくさんありました。
出来上がった刃物に、木製の持ち手をつけるのは問屋の仕事で、玄関先を広く開け放ち、通りを行く人にその作業を見えるようにしていました。
写真の真ん中、やや左上の方に、大きな看板のある家が見えますが、これが刃物問屋です。
私も中学になるまで、近くに住んでいて、ほぼ毎日打刃物を作る仕事場を目にしていました。
仲良くしていた幼なじみの家が、職人だったのです。
このような場所での料理屋さんは、きっと具合が良かったでしょうね。
**越前市の打刃物は、日本で最初に伝統工芸の指定を受け、伝統工芸士が何人も誕生しました。
現在は、市の郊外にタケフナイフヴィレッジが作られ、
海外でも知られるようになりました。有名シェフや板前も得意客となっています。